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「病名がなくてもできること」から診断推論について考えた【医学書評】

 

色々な面白い医学書を出版している國松淳和先生。

これまでいくつかの教科書を紹介してきた。

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今回紹介するのは「病名がなくてもできること」。

この本は診断推論へのアンチテーゼになっている。

診断推論とは

 

診断推論とは、「診断に至るまでの思考プロセス」を体系化したもの。

それまでブラックボックスになっていた診断の思考プロセスを体系化する試みが始まったのは10年ほど前。

そこから様々な診断理論が構築され、診断推論は一大ブームになった。

 

自分も初めて診断推論と出会ったときは衝撃を受けた。

それまでの診断学の教科書は鑑別疾患が羅列してあるものばかりで、思考プロセスを解説したものはなかったからである。

(皮膚科診断では未だに直感的診断が幅を利かせていて普及していないが…>>皮膚科の診断推論について考える

 

わかりやすい理論には魅力がある。

しかし國松先生は、そんなエレガントな理論に毒されて診断クイズに夢中になる医師が増えていることに苦言を呈されている。

診断推論には2つの問題点があるのだという。

 

  1. 時間的切迫感
  2. 診断ありき

 

診断推論への疑問①時間的切迫感

 

一つ目の問題点は時間的切迫感がないこと。

 

実際の臨床現場は症例検討会とは異なる。

十分な時間がない中で決断しなければならないことがほとんどである。

積みあがるカルテ、電子カルテ画面に並ぶ大量の受付患者。

多くの患者を待たせながら診療が行われているのが現実だ。

 

診断推論にはそんな時間的切迫感が欠如している。

もっと瞬発力や感覚的なものを大切にする必要があるのではないか。

國松先生はそのように訴えている。

 

かつてmedtoolz先生のブログにも同じような記載があった。

【関連】臨床に必要なことはすべてmedtoolz先生から学んだ

 

診断推論はカードゲームにたとえられることがある。

しかしmedtoolz先生は、それにまったく共感できなかったのだという。

診療という行為は、むしろ「鬼ごっこ」に近い。

最近読んだ診断学の教科書は、診療という行為を「カードゲーム」に例えていた。

そこに記述されていることは、たしかに正論ではあるのだけれど、全く共感出来なかった。診療という行為を、自分はむしろ、「鬼ごっこ」だと考えているから。

 

診断をカードゲームと考えている人は、時間がたくさんあり、エレガントな解法が正しいと考えている。

カードゲームが好きな人達は、たぶん時間はたくさんあると考えている。

自分が止っているときには相手も止っているし、そこに止って考えて、相手の裏をかくような、きれいな解決策が見つかれば、そのほうが正しいと考える。

 

しかし実際の臨床には時間の概念があり、止まった瞬間から不利になる。

鬼に追いつかれないように、泥臭く、常に動き続ける必要があるのだ。

「鬼ごっこ」というゲームは、止ることの意味が全然ちがう。将棋とか囲碁なんかでは、止れば相手も考えるけれど、少なくとも目に見える状況は動かない。鬼ごっこでは、息が上がって、止った奴から鬼に狩られる。

 

診断推論を実践で役立てるためには、もっと時間的切迫感を意識してトレーニングを積む必要がある。

 

診断推論への疑問②診断ありき

 

診断推論のもう一つの問題点は、病名確定にこだわりすぎるあまり、「診断ありき」になっていること。

実際の現場では診断がつかないことも多い。

しかし診断推論は「診断名がわからないので治療しようがない」と、その先に進むことを自己閉鎖する傾向を生んでいるのではないか。

 

この考えは國松先生が総合診療外来をやっていたときの経験からきているそうだ。

総合診療外来には診断がつかない「不明・不定」の患者がたくさん紹介されてくる。

そこで「検査を追加してみたら病気がみつかった」という経験をされたとのこと。

しかし逆に病気がみつからない患者も数多くいたそうだ。

 

「不明・不定をどうするか」と言われたら、診断推論では「どう診断するか」に主眼がおかれる。

しかし本当に重要なのは、不明・不定のままでいる患者を「どう治療するか」ということにある。

 

このような「病名がつかない状態」は皮膚科でもよく経験する。

西山茂夫先生(北里大学名誉教授)は、皮膚科で正しい診断ができるのは30%程度だと言われている。

正しい診断のできるのは30%程度の症例であり、それは経験を重ねても変わりはない。原因がわかる例はさらに少なく10%にも達しないであろう。

皮膚病診療25(増2)2003 巻頭言「誤診に想う」

 

つまり7割は診断がはっきりしない状態で治療を行わなければならないのである。

 

診断を突き詰めていくと、やがて診断がつかない病態にたどりつく。

このように「病名がつかない状態」をどう扱うかについて書かれた教科書は今までなかった気がする。

そのカテゴリーをどう治療するかがプロの本当の実力なのかもしれない。

 

まとめ

 

診断推論はとても有用だが、それだけでは臨床は完結しない。

理論がカバーしていない範囲も学ぶ必要がある。

「病名がなくてもできること」は、診断推論からさらに一歩進んで、臨床を立体的に捉えるために有用な本だと思う。

 

次回は國松先生の別の書籍「また来たくなる外来」を紹介。

つづく

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