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「火垂るの墓」は反戦映画ではなくニート映画だった ジブリレビュー⑪

 

反戦映画の代表格「火垂るの墓」。

戦時中の兄妹の悲惨な死を描く映画である。

 

しかし、しっかり見てみると火垂るの墓は反戦映画ではないということがわかる。

今回のジブリレビューでは、高畑監督のインタビューも踏まえて火垂るの墓という映画について考察する。

 

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火垂るの墓は反戦映画ではない

 

火垂るの墓は、親を亡くした14歳の清太と4歳の節子の兄妹が、終戦前後の混乱の中で悲劇的な死を迎える物語である。

救いのない胸クソ映画なので、今までしっかり見たことがなかった。

しかし、じっくり見てみると新しい発見があった。

それは「この映画は反戦映画ではない」ということ。

 

高畑勲監督の制作意図が「ジブリの教科書」に書かれている。

清太は人づきあいのつらさに耐えることができず、妹を死なせ、自分も死んでしまう。

この行動はわずらわしい人間関係を嫌う現代の若者に似ているのではないか。

14歳の清太は、人づきあいのつらさに耐えることができず、そこからはずれて結局妹を死なせ、自分も死んでしまいます。

清太のとったこのような行動は、わずらわしい人間関係をいとう現代の青年や子供たちとどこか似てはいないだろうか。

若い世代の人に、「わずらわしい人間関係はいやだ」なんて言っていないで、ぜひ考えてもらいたいところです。

 

二人が死んでしまったのは清太のせいだと明記されている。

そして清太のモチーフは人間関係を煩わしく思う現代の若者。

描きたかったのは戦争の悲惨さよりも、「戦争中なら清太のようなニートは死んでしまうよ」という若者へのメッセージなのだ。

 

高畑監督は清太に同情するのではなく、批判的に見てほしいとも語っている。

『火垂るの墓』で、私は、観客を完全に作品世界に没入させるのではなく、少し引いたところから、我を忘れずに考えることができる視点で作った。主人公を批判的にも見てもらいたい。

 

ニートの清太について

 

火垂るの墓のストーリーを振り返ってみる。

 

①神戸大空襲で母も家も失い、親戚の家に身を寄せる

②家の仕事も手伝わずニート生活

③叔母から邪魔扱いされる

▼ニート生活中の清太に呆れるおばさん▼

ニート生活の清太

④居心地が悪くなり、家を出て近く防空壕の中で暮らし始める

⑤餓死

 

小言を言われるのが嫌で家を飛び出し、子供二人だけの自由な生活を選ぶが、当然立ち行かなくなる。

節子が病気になり、農家のおじさんに家に戻るよう説得されるが、清太は拒否。

結局二人とも死んでしまう。

 

▼農家のおじさんに説得される清太▼

説得される清太

 

このストーリーでは、清太が死んでしまったのは自業自得である。

確かに戦争がない平和な時代であればニートの清太は死ななかっただろう。

しかし高畑監督が描きたかったのは、ニートでも生きられる平和の大切さではなく、平和だからといってニートに甘んじる若者の問題なのだ。

しかしこの映画は曲解されて「戦争の悲惨さを伝える反戦映画」に仕立て上げられてしまっている。

 

▼誤解した人達の映画の感想▼

「火垂るの墓は、人間対人間の争いが兄弟の命をさらっちゃったという話でしょう。」

「いちばん不確かなものは、彼女を殺したいくさを正当化するようなすべての理屈だろう。」

 

まとめ

 

今回は「火垂るの墓」の本当のテーマについて解説した。

面倒な人間関係を煩わしく思いがちな自分にとっては、とても耳が痛いメッセージである。

 

高畑映画は難解だが緻密に作られているので、分析し甲斐があって、解説本を読むのが面白い。

まあ何度も見たい映画ではないけどね。

 

次回はジブリのドキュメンタリーから高畑監督を探る

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