戦争において「戦力の逐次投入は愚策である」という格言がある。
時間における戦力の集中で最悪といえるものは、必要数に満たない戦力を次々に投入して、そのつど撃破される例である。
つまり、「戦力の逐次投入」は戦略においてもっとも戒めるべきことである
クラウゼヴィッツの戦争論より
たとえばある場所に1000人の兵隊を送ったが負けた。
それならと2000人を送ったが、それでも負けた。
つぎに5000人の兵隊を送った、というのが戦力の逐次投入の例。
戦力を温存したいがために、戦力を小出しにして結局大きな損害を出してしまう・・という失敗である。
これは医療の世界でも当てはまることだ。
診療における「戦力の逐次投入」とは?
軽い症状の患者に対して、強い治療をすることがためらわれることがある。
しかしそれによって治療が後手後手になり、失敗するということは多い。
medtoolz先生のブログ(>>臨床で必要なことはすべてmedtoolz先生から学んだ)にも、以前そんな話があった。
内科の治療時にも軽く治そうとして失敗することがあるそうだ。
「この人は軽そうだから、点滴だけで、ちょっと治そう」なんて判断して、そういう患者さんが想定どおりに行かないとき。
なまじ「ちょっと」という思いがあるから、全ての対応が後手に回りがちで、泥沼にはまって失敗する。
そんなときは「逐次投入」を避けて、「できることを可能な限りすべて行う」という戦略が重要になる。
「足りない」と思ったならば、その時点から全力で動かないといけない。
とにかく病気に「追いつく」ために、打てる手を全部打つ。昨日検査したばかりでも、バカと言われようがなんだろうが、今日出せる検査を全部出す。
無能の振る舞いの典型だけれど、こうすることで、今までに何回か、災厄を回避することができた。
皮膚科にもこの原則は当てはまる。
皮膚科医のステロイドの使い方
特に内服ステロイド。効果は高いが副作用も大きいので、なるべく少量で使いたい。
膠原病や尋常性天疱瘡の場合は高用量(1mg/kg/day)で開始することが決まっているので、覚悟を決めて使うことができる。
でも問題になるのが水疱性類天疱瘡である。
ガイドラインによると軽症例には少量でよく、重症例であっても中等量でコントロールできることがあるとされている。
類天疱瘡診療ガイドライン
・軽症例では少量のステロイドを投与する。
・中等症~重症の症例では、中等量~大量のステロイド内服療法を行う。
・重症であっても、中等量のステロイド内服でコントロールできることがある
類天疱瘡は少量のステロイドでコントロールできることも多いから、つい欲が出でしまう。
特に高齢患者が多い(類天疱瘡は60 歳以上、特に70歳代後半以上の高齢者に多い)のでなおさらだ。
少量でいければ副作用も少なくてすむ、と。
これが甘い罠となる。
ステロイドは少量から開始し少しずつ増量すると効果が出にくくなることが知られている。
治療初期に、低用量のステロイド投与することによってステロイド耐性が生じることがある。
十分な用量で治療を開始することが有効治療のポイントである。
日本皮膚科学会雑誌120(13), 2561, 2010
ステロイドを少しずつ増量すると効果が出にくくなる。中途半端な用量でステロイド投与を開始しないように心がけるべきである。
Visual dermatology 11(6), 605, 2012
ステロイドも逐次投入したらいけないのだ。
たとえばPSL5mgを開始したが効かなかった。
それならとPSL10mgに増量したが、それでも効かなかった。
つぎにPSL15mgに増量した、というのが戦力の逐次投入の例。
この罠にはまって苦しんだ経験も多い。結局治療期間は長くなるし、必要ステロイド量も上がってしまう。
使うときは覚悟を決めて高用量から開始するのが正しい。
臨床は自分との闘いでもある。
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